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舞台『インヘリタンス -継承-』感想

観劇って体力が要る。遠征先での観劇なら尚更だ。

舞台『インヘリタンス -継承-』の上演時間は、前後編で約6時間半に及ぶ作品である。観劇しようと決めたのも、この「前後編約6時間半」に興味を持ったからである。あらすじも読み、久々に芝居を見たいと思った役者もいて、前後編セットチケットで購入。 楽しみにしていた当日に待ち受けていたのは、月1の体調不良。幸いなことに頭痛こそなかったものの、強烈な腹痛と抗えない眠気で、せっかくの観劇が台無しだった。ただでさえ1日かけての観劇で体力が要るのに、イレギュラーな障害のせいで集中力のかける観劇になってしなった。 それでもこの舞台はとても面白かった。集中力が欠如した頭と体力でも楽しめたし、何よりやっぱり観劇できて良かったと思っている。

 

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https://www.inheritance-stage.jp/

舞台『インヘリタンス -継承-』

作:マシュー・ロペス

演出:熊林弘高

 

森ノ宮ピロティホールにて観劇。やや古めの劇場だが劇場自体は見やすく、長時間の着席でも辛くない椅子だった。トイレ列も混んではいたが、回転が良い方で劇場の古さに対してトイレは綺麗だったのも安心。ただ、劇場周りのカフェなどは土日のせいもあって混雑していて、前後編間の滞在場所に困った。

前述のとおり体調のコンディションが整わないままの観劇と、一回限りのため、思い出語り程度の内容となります。

 

彼らには語るべき物語がある

AIDS後天性免疫不全症候群は、HIV=ヒト免疫不全ウイルスが免疫システムの中心であるヘルパーTリンパ球(CD4細胞)という白血球などに感染し、からだを病気から守っている免疫力が低下することで発症する病気です。*1

本作はアメリカのゲイコミュニティを中心とした、3世代に渡るゲイコミュニティとAIDSの変容を辿りながら、その渦中にいる登場人物らの経験や人生を前後編6時間半に渡り物語る。6時間半と聞くととてつもない時間だと感じるが、実際に作品を見たら、むしろちょうど良いぐらいの時間であった。間延びも蛇足も感じさせず、6時間半で濃厚なストーリーを収めている。 ヘンリー(山路和弘)とウォルター(篠井英介)が生きた80年代、AIDSの感染拡大期とされ「AIDS=不治の病」というイメージが流行した世代。物語の現代(2016年前後)となるエリック(福士誠治)とトビー(田中俊介)の世代。現代とこれからを生きるレオ(新原泰佑)の世代。それぞれの世代のゲイコミュニティをリアルに写し、AIDSへの危機感と正しい知識を訴え、各世代から変わらぬ「正直であることの大切さ」を継承していくストーリーだと感じた。

私が日本の演劇作品の観劇に偏りがあるので知らないだけかと思うが、本作を見て新鮮だと感じたのは、包み隠さない政治への批判を描いている点である。作中ヒラリーの名前が出るものの、あの内容と2016年アメリカと見れば、名前が出ずとも私にでも分かるトランプ批判をそのままに描いている。思うに、日本でここまで痛烈な政治批判を描いた演劇作品は、少なくとも制作や主催の大きいところでは無いのではないかと感じている。アメリカではこういった作品が作れ、賞を取り、他国でも上演可能となっているという点で、演劇の在り方が先進さを感じ驚いた。

しかし、作者のマシューが挨拶文でも語るように、本作の核は「物語ることの本質と必要性」であること。あくまで物語であること、ストーリーとして語り継ぐこと。

私たちはどのように自分の経験を物語の変えるのか、またその物語を互いに語り合い、語り直すことで、いかに理解され、記憶されることができるのか。*2

40年前の出来事であり、今も実際に在るものを扱っているからこそ、ノンフィクションとフィクションの合間を埋めるのは難しい。本作はこの難しさを巧く作り上げていたと感じた。あえて「物語」の枠組みにすることへの意義を考え直すきっかけとなっている。

AIDSやゲイコミュニティ、広くはLGBTQへの理解において、非常に丁寧な作品だと感じたので、下手な教材よりも勉強になると思いました。演劇から学べることがある。

 

役者さんへの感想などは当日のポストで一通り喋った気になっているので貼ります。同じこと言いそうなので笑

本作観劇のきっかけとなった福士誠治さん、映画『ダブルミンツ』ぶりに見た田中俊介さん、映画『ライチ☆光クラブ』ぶりに見た柾木玲弥さんがハイライトでした。福士さん演じるエリックのお人好しっぷりが抱擁力ともとれれば、どっち付かず感でもやっとする言動がリアルで良かったです。あと本当に声が綺麗で好き。田中さんは個人的には本作MVPです。あの取り憑かれっぷりが見事でした。どうしたっても救いがないし、許せないけど、観客の視点だから見える痛みや苦しみの提示で憎みきれない哀しさがありました。柾木さん演じるジャスパーは、後編のヘンリーとの衝突の場面を筆頭に、場面がひりつく空気作りが最高でした。あと本作最大の安心感は、インティマシーコーディネートの明記です。

 

*1:『インヘリタンス -継承-』公演パンフレットより引用

*2:『インヘリタンス -継承-』公演パンフレットより引用