2026年下半期映画MVPが本作に決まりました。それぐらい素晴らしい邦画でした。私が二十代後半の独身女で、何ひとつ不自由なく生きられているのは、間違いなく先達の前例のない物事への挑戦と、数多の苦労があったからです。
https://eiga.com/movie/106291/
https://movies.shochiku.co.jp/firstvoicemovie/
映画『ファーストボイス』
監督:前田哲
脚本:橋本裕志
レッツ、ビギンよ!
この題材を問題意識の高い人だけに届く社会派映画として閉じるのではなく、この問題から距離があると思っている観客に届けるため、痛快なエンタメとして楽しめる映画にしたい。
まさに この一文 が運命の分かれ道。「痛快なエンタメ」そして、媒体によっては本作の宣伝において「コメディ」という言葉を使われていたのを見かけました。邦画や日本ドラマへの悪い偏見で、「“茶化される”んだろうな」とか「男女の愛の物語に帰結するんだろうな」とか勝手なことを思っていました。しかし、公開直後から絶賛の口コミを見かけ、その口コミの内容が気になるものばかりで、急に鑑賞意欲が湧き映画館へ……なんと、評判通りの満足感、そして田舎の映画館でもそこそこの集客な上に、終わりにはすすり泣きが聞こえるという鑑賞体験。 引用した公式メッセージの「痛快なエンタメ」は、その通りではあったものの、「痛快」 「エンタメ」という言葉の広さゆえに誤解を招きかねない。本作は、現在なお続く社会問題をエンタメに落とし込むにあたり、社会派とエンタメの両方を徹底的研究された作品であった、ということをここに伝えたい。
昨年ヒットした『国宝』でも感じたことだが、良い映画に共通することは、まず「映画」という媒体への研究理解だと感じている。小説、舞台、TVドラマとは異なる映画という手段を使っていることに、どれだけの研究をしているか、物語を落とし込めているかということが重要だと思っている。その点で『ファーストボイス』は、エンタメ映画であることへの研究がされている作品だと感じた。本作は邦画の良くもあり悪くもある人情に偏ってはいない。実際の裁判を題材にしているため、あくまで事実出来事ベースではある(Xで見かけた感想だが、ハリウッドの手法に近いらしい)。事実出来事ベースになれば、ドキュメンタリーになってしまいかねないが、ここが本作の巧いところで、あくまでもフィクションであるということを徹底している。「軽さ」の塩梅が絶妙なのだ。
その一役を買っていたのが、主人公の朝日弁護士(綾瀬はるか)だ。「レッツビギンよ!」「ワ・タ・シ・よ!」といった、なんともナウでヤングな二次元的なキャラ付けが、重くなりかねない題材を陽の色にしていた。そしてこのキャラクター性が、作品の芯の部分をまったく茶化すことはなく、むしろ前例のない出来事への第一声=ファーストボイスへの原動力となっている。
思わず吐き気を催すセクハラ場面があり、性加害場面の示唆もあるわけだが、本作はしっかりとインティマシーコーディネーターがついていたとのこと(私は見逃しましたがエンドロールに記載があったらしい)。昨今、2.5次元舞台でも当たり前のように就くようになったなったインティマシーコーディネーター。すべてがそうというわけではないのですが、これがついてる作品は「ぶっちゃけその性描写いらんだろ~」みたいな場面がほぼ無いので、見やすくもありますし、何より現場へのいらん心配が軽減されるのでありがたいです。
福岡セクシュアル・ハラスメント裁判から30年、#MeToo運動から10年
本作は、福岡セクシュアル・ハラスメント裁判を参考に作られた作品であり、ラストシーンでも記されていたように現在進行形の問題として訴えかける作品です。 私自身は恥ずかしながら、大学生になるまで「ジェンダー」という言葉を知らなかったぐらいには無頓着で、恵まれた環境で生きてきました。そんな大学時代にネットニュースで見た言葉が「#MeToo」でした。それ以降は、自分自身の人生を半ば恥じながら、ジェンダー問題に目を向けては思考を巡らせるようにもなりました。
本作は、30年前の裁判を題材にしながらも、10年前から続くの問題をも汲み取った作品でしょう。後半に明かされる上原恵(ファーストサマーウイカ)が語りたくなかった性被害は、女性ジャーナリストレイプ事件(2015年~)ともリンクし、本作が紛れもない現在進行形の問題としての社会派であることをより濃くさせた場面でした。件の一連の騒動でも、「そんな派手な身なりをしているからしょうがない」といった誹謗中傷はリアルタイムで見ていたので、恵が終始ボディコンに派手メイクだったのは、ここにもかかっているのかと一気に「つい最近の出来事」となり苦しくもあり、この作品がそこにも目を向けている真摯な作品だとも思いました。
女性支援団体は、恵に「すべて話せ」と言うが、すべてを話せだなんて簡単に出来るはずがない。当然逃げるし、当然拗れるし、当然呆れられる。同じ女性だからと言って、みんながみんな同じ方向を向けるはずもないし、全員が同じ思考回路と思いやりを持てるわけではない。女性である前に、人間であり、個だ。しかし、多くの女性が似た被害を受けたことに対し、連帯することはできる。そういった、一筋縄ではない問題の些細な綻びへの着眼が丁寧であったと感じています。
私は本作で、八木弁護士(山田真歩)のポジションが絶妙だと感じた。彼女こそ、朝日弁護士らと全く同じ思想にまとまるわけではないし、思いやりも欠けてるし、自己中心的に見える。…が、彼女のような人間がいることで、女性である以前に一人の個であることを忘れないようにし、一つの問題に対して連帯できるのだということを示している。
反対に「女性である以前に一人の個だ」と過信し、思ってもない被害を受けたのが藤野弁護士(松本穂香)だった。実際に被害を受けなければ、自分事として問題を直視することができないというポジションもまたリアルだった。彼女についてはやや惜しい役どころで、優秀な新人というキャラであるなら、朝日弁護士の下に戻ってからはその優秀っぷりを発揮するというのが欲を言えば見たかったポイントかも。あのままでは本当に、若いだけに留まってしまっていたため。
この素晴らしい映画を見た後だというのに、令和とは思えない時代錯誤テレビ番組や、この映画の出演者の目を疑うタレコミ見かけたりと、まさに現在進行形でどうしようもない社会に辟易とする今日。ことセクハラ・パワハラは先人たちにファーストボイスのおかげで、声のあげやすい環境は幾分か出来ており、良い面悪い面あれど昨今はSNSでは毎日のように怒りの声が上がっている。されども、30年前からまったく変わる気配にない政治社会の諸々には、厳しい目を向けていきたいと強く思った。ここ数年、声を上げること・連帯することについては特に慎重の考えるようにしている。そして昔からの教訓でもあるように、自分の発言が誰かを傷つけることがあるという意識を忘れないでいたい。