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『ダーウィン・ヤング 悪の起源』感想 ~原作小説を読みミュージカル版を振り返る~

昨年2023年初夏、「末満健一 × 韓ミュ、ダークな雰囲気」で「絶対に外さない面白さがある」と直感だけでチケットを買い観劇をした、ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』から1年。観劇時に購入した原作本を、ようやくこの夏に読み終えることができたので、一年越しに『ダーウィン・ヤング』の感想をつらつらと書いていきます。 すべては、ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』再演祈願のために……

 

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https://natalie.mu/stage/news/527713

ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』(2023年・日本初演

原作:パク・チリ
台本・作詞:イ・ヒジュン
作曲:パク・チョンフィ
潤色・演出:末満健一

https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344041226/

ダーウィン・ヤング 悪の起源』

作者:パク・チリ
日本語訳:コン・テユ

 

舞台版は昨年、兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールにて観劇。Wキャストは渡邉蒼さん。1回のみの観劇のため、舞台版の記憶はかなり薄れています。(早く再演して……)

 

※以降、舞台版・原作にて表記していきます。
※舞台版、原作の両方のネタバレを含みます。舞台版、原作で設定や展開に異なる点がありましたので、その点にも触れています。
※原作がメインの感想となります。

 

読みやすい608ページ鈍器原作小説

舞台版1幕終わりの興奮の勢いのまま原作本を買うも、私のように活字が得意じゃない人は、辞書のような分厚さの原作本になかなか手がつかず、積読している人もいるのではないだろうか。また、購入を断念した人もいるのではないだろうか。そんな人たちに背中を押したい。舞台版を見た人こそ原作を読んでほしい4つのポイント。

翻訳本特有の堅苦しい読みにくさが無い

→これが一番驚きました。日本の純文学とラノベの中間ぐらいの読みやすさを感じました。ダーウィンたちの高難易度のレスバもするすると入り、且つ、キャラ萌えを感じる言葉遣いから見えるキャラクター個性も良く、日本語訳のコン・テユさんの力量に爆竹拍手を送りたい。

細かい章立てと一人称小説の面白さ

→長時間の読書時間が取れない社会人には朗報です。全608ページではありますが、細かい章立てにより、一章あたりのページ数は大体10ページ無いぐらいで、区切りをつけて読みやすいです。さらに、(基本的には)一章ごとに視点が変わる一人称小説なので、それぞれの人物の「知っていること・知らないこと」のすれ違いや、見えている世界の違いがとにかく面白いです。「どうしてこうなった!」の真髄はこの書き方によるところだと思います。

舞台版キャストで容易に想像できる場面展開

→舞台版を見た人なら、大筋が記憶にあることにプラスして、キャラクターのイメージが舞台版のキャストの顔になると思うので、場面が想像しやすいと思います。だからこそ、舞台版以上にべしょべしょになっているニース・ヤングを、矢崎広さんのニースで想像したときには……(あとはお察しください)

舞台版では描写されなかったキャラクター背景と深み

→これはたくさんありますよ! できたら舞台版と原作の違いをまとめられたらと思ったんですけど、私が舞台版の記憶が薄れてるばかりにできないのがもどかしい。舞台版はよくこの分厚い内容を3時間弱に収めたなと感心しています。決して舞台版が足りていないわけではありません。より深淵を覗きたい人は原作本を読むべきといった感じです。

さて、この時点で「原作読んでないから気になってきた」という方は、ここで引き返すことをおすすめします。以降は原作を踏まえた、私の『ダーウィン・ヤング』の感想になります。

 

舞台版と原作の違いと印象

一番の印象違いは「家族の呪い」でした。『ダーウィン・ヤング』は、主人公ダーウィンのヤング家を中心にした、親子3世代にわたる罪の継承を描いています。ヤング家のみならず、ダーウィンの友人となる、レオのマーシャル家とルミのハンター家にも、3世代の家族模様があり、それぞれの世代同士での関わりがあります。原作では、舞台版では描き切れなかった、マーシャル家とハンター家の3世代間の関係性や背景も詳細に描写されていました。

原作を読んだ方の感想の中でも、よく上がっていますが、「ジョーイ・ハンターは、ニース・ヤングがジェイ・ハンターを殺害した人物であることを知っている」ことには衝撃を受けました。さらに、ニースがジョーイとの会話の中で、真実を漏らしてしまったが、ジョーイは真実を知りながらも黙っているという。ジョーイが黙っているのは、兄であるジェイと不仲であったこと。それも、ジェイとジョーイは異父兄弟であるがゆえに、ジェイから母共々暴力を受けていて、殺したいほど憎んでいたからという……(しかも母は自信の不貞にも関わらず、ジェイに対しては神のように接するというキツさ) ジェイの母が原因の家庭環境の窮屈さや、ジョーイのジェイへの冷たさは舞台版にも描写されていましたが、原作でのジョーイの背景描写があったから深まった部分が多かったと思います。他にもバズやレオにも、自身の親のことをどう思っているか、親または子のせいで自分の人生の足枷となっていることが印象強く描写されています。

ジョーイといえば、ルミとの関係性なんですけど、原作のルミのうざったらしさといったらもう笑 ちゃんとスカッとジ〇パンになるので良かったんですけど、ルミが大体のいさかいの発端になっていたような気がしますね。それもそのはずで、これも舞台版との大きな違いが、劇中設定におけるプライムスクールは、舞台版だと男女共学のように描写されていましたが、原作だと男子校。プライムスクールの女子校版がプリメーラ女学院となっており、男女格差ゆえの葛藤をルミは抱いています。ルミの行動原理において、父の壁の大きさは単純な父娘間の不仲に留まらず、男女格差や階級社会の軋轢によるところが大きいので、舞台版ではプライムスクールと同じ制服を着ていると、アイデンティティが半減する……と感じてしまいます。

あと、大きな設定の違いと言えば、骨董品交換会での、レオがダーウィンに渡したアイテムが違うことですね。「カセットじゃないの?」と不安に思いましたが、大丈夫です、カセットは出てきます(出てきてほしくなかった〜)。またこのレオがダーウィンに渡したアイテムもなかなかえぐられるので、これはぜひ原作を最後まで読んでほしいポイントです。

 

皆さん!ぜひ『ダーウィン・ヤング 悪の起源』を読み深めて、ミュージカルの再演に備えましょうね!ダーウィン・ヤング 悪の起源』は再演します!(素振り)

……ここからは、オタクのオタクたる文章になるので、物好きな方はどうぞ。

 

誰もジェイ・ハンターを知らない

3家族間の一人称小説で、様々な視点でのジェイ・ハンターが語られる一方で、ジェイ・ハンターの語り部は存在しません。まさに死人に口なし。『ダーウィン・ヤング』の話の中心に据えられたのは「30年前、当時16歳で何者かによって殺害されたジェイ・ハンター」……しかし、本作は殺人事件の真実を追究するミステリーではありません。ジェイを殺したニースの「悪の起源」にスポットが当たります。ニースはジェイを手にかけたその日から、呪いのような幻聴に苛まれ、時にはジェイの回想をフラッシュバックし苦しみ続けます。ニースにとって、ジェイは怨霊かというとそうではなく、ニースにとってはきっと、神のような「正義の人」のままです。神に背き神を殺したから、罪を認め懺悔し続けなければならないし、息子を生贄の羊として差し出してしまう。興味深いのは、少ししか顔を合わせたことないラナーにとっても、ルミと共にジェイの真実を探していたダーウィンにとっても、「ジェイ・ハンター」という名前が吸血鬼にとっての十字架であるかのようになってしまうこと。

ルミにとっては自分にとって運命的な存在である高潔な伯父。ジョーイにとっては憎き実兄。バズにとっては後ろめたい旧友。ロイドにとっては素晴らしかったルームメイト。そのどれもがジェイ・ハンターに違いないだろう。違いないのだが、どこか人間離れをしてしまっている。時間経過がそうさせたか、誇張された思い出がそうさせたか。舞台版でニースの幻覚の中に映るジェイに至っては、ジェイであってジェイではない。

原作の終盤、バズ一人称の過去回想で、バズ視点によるジェイの「弱み」が描写されます。バズは「弱み」を利用するような立ち振る舞いをしたことを、大人になってから後ろめたく思うようになったと。ジェイが抱えるジェイ自身の弱さは分かり得ません。他人から見える様々なジェイ。まるでジェイの呪いのように翻弄される人たち。

テープレコーダーで明らかになるあの日の真実。ニースとジェイの音声が無機質なテープレコーダーから聞こえる。……あれ、ジェイってすごく、すごく、すごく普通の少年では?

人間というフィルターを通さないジェイ・ハンターは、それまでの描写とは大きく異なり、素朴な少年だと思いました。ジェイも16歳の少年、加えて、家族の呪いや階級社会の軋轢に苦しんでいる人間。ジェイもこの世界で生きる弱きありふれた人間なのだろう。

私はジェイ・ハンターを知らない。

……と、それはそれとして、正義に狂って「制裁して世の中をきれいにしなければ」だとか言っちゃったり、偏狭思想で排他主義っぽいジェイ・ハンターくんはとっても愚かしくて、愛おしい。フィクションに許されし愚かキャラ。そんな愚かな少年見事に演じていた、石井一彰さんはほんと〜〜〜に素敵だったので、石井さんのジェイにまた会いたいです。石井さん、40超えるけど行けるでしょ……!早く再演しよ!!

 

一応、ゲネプロ映像は3本YouTubeに上がってるけど、肝心の東宝からは出てないんですよね。なんでかなあ。しょうがないとは言えど3本ともほぼ同じ場面だからなあ。『ダーウィン・ヤング』のサビみたいな場面は見事に無い……悔しい……早く再演しよ!!

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