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unrato #13「受取人不明 ADDRESS UNKNOWN」感想

あれは振り返ること6年前、2019年。状況的にもメンタル的にもめちゃくちゃだったあの時、初演の舞台写真を見て「絶対に好きなやつだ!」と期待し、チケットを取ったものの、台風で中止になってしまった『受取人不明』。6年の時を経て、青柳さん須賀さんの続投込みで再演されるとは思ってもみませんでした。本当にありがとうございました。そして、予想以上に好みで衝撃も受けた作品でした。良い芝居を観劇した後の満足感たるや……

 

https://natalie.mu/stage/news/631081
https://ae-on.co.jp/unrato/address2025/

unrato #13「受取人不明 ADDRESS UNKNOWN」

作:クレスマン・テイラー
脚色:フランク・ダンロップ
翻訳:小田島創志
演出:大河内直子

 

Bチーム(青柳尊哉 / 須賀貴匡)とCチーム(水田航生 / 鯨井康介)のみ観劇。赤坂RED/THEATERは初めて行きましたが、アクセスが良く、周りに飲食店も多いのでマチソワの暇つぶしも困りませんでした。劇場については、BCともに最前席だったので、あまり印象がありません。小劇場最高〜という感じはありました。

 

二人芝居だけど一人芝居のような長台詞の応酬

あらすじにもあるように、本作は往復書簡で展開されるマックスとマルティンのやり取りです。台詞はすべて手紙に記されている内容なので、舞台上に二人が並ぶも、会話をしているわけではない。今まで見てきた二人芝居とはまた異なるタイプで驚かされました。あんだけの長台詞で芝居が出来るって、役者ってすごいですねほんと…… また、書面でのやり取りだからこそ、本来は相手の表情や感情の温度感もわからないわけで、そこには文字がただ並んでいるだけのはず。だからこそ、友人がどんどん変わっていく様が恐ろしいんだろうなと思いました。マックスにとっては、どんどんナチズムに染まっていくマルティンが、マルティンにとっては、ある日コロっと意味不明の文章を送るようになったマックスが。 終盤でタイプライターを打つ音が、銃を撃つ音になっているのも、言葉の暴力をダイレクトに感じて、良い演出だと思いました。

 

人はこの流れには抗えない

結局役者違いで2回しか観劇できていませんが(本当にできることならあと5万回見たいし、Aを見ていないの悔しすぎる)、よく出来た舞台だなと感心しました。要素が似ているという点で、『スリル・ミー』と同じく、上演時間・舞台装置・役者・音響照明・演出・戯曲が過不足なくシンプルで、尚且つ戯曲自体も難しすぎない、よく出来た舞台作品でした。とても見やすく、正直文句の付け所が無いぐらい。 この戯曲の一番の見せ場であり残酷なテーマが「人はこの流れには抗えない」だと感じました。台詞を細かく覚えていませんが、序盤のマックスが自分は多くの人の中に流されるみたいな話をする中で、「水車に運ばれるような」といった言葉を使い、マルティンヒトラーに続いていくことを「大きな波に乗る」と何度か言う。また、マルティンとグリゼレとの関係も「過ぎ去る嵐」と表現される。人生とは常に何かの流れがあって、人はその流れに流されることしか出来ない。抗うことが出来ない。そういった遣る瀬無さを、史実に実際に起こってしまった最悪の出来事になぞらえて展開される、あまりにも痛く苦しい話。マックスの最後の復讐のような一連の手紙も、マルティンを止めるのではなく、マルティン銃口の前に立たせるように追い込んだだけ。まさに同じ負の流れに乗ってしまった光景。これが、友情の破壊、過ちを繰り返すというそういう「とある物語」を見ているのではなく、今現在我々の住む世界で起こりうる光景を見ていると感じること。狂信者のような政治家、常軌を逸した愛国心、排外主義は今まさに目の前にある。選挙を目の前にした上演に感謝を。

……というのと、ヒトラーやナチズムをそのアイコンを出すだけで「否定されるべき負の歴史」と一瞬で想起できる歴史教育の行き届きって素晴らしいなと改めて思いました。昨今、同じ題材で話題になったものといえば、『開心領域』という映画なんですが、あれも直接的な残酷描写は一切ないものの、心にずっしりと来る罪悪感のようなものを感じました。もちろん、未だに宗教に関しては自分ごとにならないがために、なぜユダヤ人であるだけで迫害をされたのかというところは分かり切ってはいませんが。そのあたりは難しい。しかし、「否定されるべき負の歴史」を持って、今に問いかけるものの力は凄いなと思いました。……日本の負の歴史も、こういう風に表現出来たら良いんですけどね。もちろん、無いわけではないと思いますが。 ……にしても、『受取人不明』というタイトルも絶妙すぎますね。こんなにも絶望感を感じるタイトルだとは思わなかった。まさに流れに吞み込まれてしまった人を思わせます。

 

Bチーム:青柳尊哉(マックス)・須賀貴匡マルティン

6年前、このお二人の二人芝居ということで気になってチケ取りをし、今回3回目の上演で続投してくれたことは感謝しかありません。特撮オタクなのでそちらの方面で馴染みのあるお二人です。 さて、この二人の印象は劇中の台詞である「40代の男」に一番近いペアということもあり、年相応のリアル感がありました。

Aを見てませんが、『受取人不明』の正当派解釈という感じがします。しっかりとした成功を収め、安定した生活が送れる、今まさに脂の乗った時期だという余裕すらある、落ち着いた大人の男性。しかし、仕事や所帯、豪華な家など目に見える成功で武装し、見栄を張らなけらば生きていけない、実は小心者のマルティン。祖国への帰還は、ある意味でマックスからの逃げすらも感じる。そんなマルティンの成功を目の前で見ているからこそ、自分はちっぽけだと俯瞰し「あまり幸せではない」と言うマックス。特に所帯持ちの周りは、『スリル・ミー』と同じでホモソ特有のあるべき権威性みたいなものを感じました。 海外電報を打ってからのマックスは、妹の復讐の色合いが強い。何度も「僕を安心させる言葉をくれ」と良い、マルティンの自由思想を信じていたからこそ、民族という枠組みで否定され、妹すらも蔑ろにしたかつての親友が許せないといった感情の爆発。思わず「マックス、お前の正義はそれでいいのか!」と言いたくなるような雰囲気。感情の爆発と言えど、冷静さが残っているので、確実にマルティンを貶めるといった重さがありました。

ラストシーンの趣きは「計画性の怖さ

 

Cチーム:水田航生(マックス)・ 鯨井康介マルティン

お二人とも映像では結構見ているですけど、観劇は初めてかも。こちらはやはり、「40代の男」と言うには若い印象があり、若さゆえの衝動性みたいなものを感じました。……というか、お二人の風貌とパワーバランス、後半のどんでん返しの露悪っぷりに『スリル・ミー』に似た質感を感じさせました。

マルティンとの友情には憧れのまなざしを含み、感受性が豊かでやや幼さがあるマックス。本当は優しい心を持っていて、その真面目さが愚かさを生んでしまったマルティンマルティンが、「真面目なんだろうなぁ、真面目だから染まっちゃったんだろうな……」みたいな苦しさがあって、マックスとマルティンの仲の良さも眩しかったので、その崩れようが悲しかったですね。マックスが膝を抱えて椅子に座るような態度を取っているものあり、物悲しさや遣る瀬無さがあったんですが……オッ、海外電報打ち始めてからどうした?というどんでん返しっぷり。マルティンからの手紙をぶちまけ、グリゼラの写真を眺めながら、マルティン家の写真立てをノールックで倒し、マルティンへの脅迫追いかけっこでは笑顔で追い込む。さらには、自分のネクタイを取り、マルティンの首に括り付け引っ張る。マックスを抱きかかえ、ワルツを踊り「モーセの神とともにあらんこと! アイゼンシュタイン…」(→そのまま床にマルティンを捨て落とす)……なんだこれ。露悪的すぎるぞ。このせいで、前半の台詞を忘れました。Bとは全然違いすぎて、思わず笑っちゃいました。いや、笑っちゃいけないんですけど、あんまりにも露悪的すぎて。Bが感情の爆発だったら、Cは感情の蹂躙なんですよね。 Bを先に見てからのCだったこともあり、ポイントごとに表情も抑えて見ることができたのもあり、最初の銀行からの手紙でマルティンが民族の枠組みごとマックスを否定する場面で、マルティンの心はある程度砕かれたんだなと感じる表情が良かったです。

ラストシーンの趣きは「衝動性の怖さ

 

無駄が無さすぎる舞台装置とか演出

とにかく全体的に無駄がなく、すべてに意味がある舞台づくりだなと思いました。 左右の舞台装置も衣装も分かりやすく対照的でしたね。当時の国柄や流行も反映していると思いますけど、マックスはよりカジュアルで色柄派手めのスーツ、照明や椅子が現代的なデザイン性。手紙はタイプライターも使う。マルティンは、濃い赤寄りを基調にしたかっちりとしたスーツ、全体的にアンティークな家具。手紙はすべて手書き。やや雑な言い方な気もしますが、先進と保守を感じさせるシンメトリーさ。そして、その後ろには二人に共通していた、絵画を象徴する額縁。あと、小道具という点で、所謂マックスの復讐場面から、マックスが黒の腕章をつけるわけですが、あれはナチ党の腕章と対比させるための演出というだけでいいんですかね。印象的でしたね。

はじめの仲が良かった頃は「ワインを飲むときは決まってマルティンおじさんに向かって乾杯をする」みたいなことを言って、二人で同じタイミングでグラスを掲げていたのに、終盤では溺れるように酒瓶を煽り、床にのたうち回るマルティンおじさんとか…… Cチームだけでしたが、冒頭でマルティンがワルツを踏み、終盤にマックスとマルティンでワルツを踊り、ラストシーンでマックスが一人でワルツを踊るこの一連の流れもトチ狂ってて良かったですね。

BとCの違いですが、「答えはNOだ」の場面で、Bは先に「答えはNOだ」まで言ってから手紙を燃やして、Cは燃やして灰皿に押し付けてから「答えはNOだ」と言う動作の違いに、意志の違いを感じて良かったです。Bだと言葉を先に言うことで、「結論は決まってる」という意思表示、Cだと行動が先なので、「自由主義は行動をしない」あたりの台詞を裏付ける意思表示のニュアンスの違いを感じました。

 

久々にドストライクタイプの演劇に出会えることができて、大変ほくほくとしています。書いてる途中で、原作小説を読んでみようかなと思ったので、これから購入しようと思います。……と思ったら買えなかった笑 でもやっぱり舞台が見たいですね……! 色んな人の組み合わせで見てみたいので、定期的に上演してほしいです。

 

 

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