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アギトー超能力戦争ー 感想

2026年のゴールデンウィークは、見事に『アギトー超能力戦争ー』に頭を持っていかれました。しかしこれは決して良い意味ばかりではなく、どちらかと言うと悪い意味のほうで「アギ超のせいで、情緒不安定のPDCAサイクルを回し続けている」がここ数日の口癖でした。困惑(plan)→怒り(do)→虚無(check)→悟り(action)のPDCAサイクルです。そんな具合で、2回目の鑑賞を経て落ち着いてきたところで感想をまとめようと思います。

 

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アギトー超能力戦争ー(2026年)

東映エグゼクティブプロデューサー:白倉伸一郎、武部直美、塚田英明
監督:田﨑竜太
脚本:井上敏樹


『アギト』TVシリーズ本編と『PROJECT G4』の感想はコチラ。

charmy-coroge.hatenablog.com

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目次

 

『アギト』だから期待していたこと、嘆いていること

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こちらはnoteのほうに投稿した、初見直後の雑記です。これから時間をおいて噛み砕いていったり、気付くこともあるかもしれませんが、初見で何の先入観も得ずに感じたことが、映画の評価として1番は純粋でもある気がするので、noteに残した所感は大前提変わらないかなとは思います。

その上で本作が『アギト』だから期待していたことが、それまでの東映特撮の、周年映画や続編Vシネマと違っていたことがあったことを今一度整理します。

期待①『PROJECT G4』を作ったキャストスタッフ陣だったから

私個人として、平成仮面ライダーシリーズ単独映画(夏映画)において、1番好きな作品が『PROJECT G4』です。

TV本編では、人類が人智を超えた力=超能力との対立或いは共存、そして変身することとは何かを紡いできた。『PROJECT G4』は、人工的に作られた人間を超越した力=G4との対立、異形への変身とは何かという、同じ世界ながらも似て非なる問題提起の作劇が見事だったのが、2001年に作られた『アギト』という作品の印象でした。

そしてこれが、20年続いた平成仮面ライダー史の中での、先陣を切り土台を作り上げた作品であり、確かな評価を得た作品でもあったこと。前作の『クウガ』が平成の時代に仮面ライダーを取り戻し、平成の仮面ライダーを作り上げた作品であれば、『アギト』は後に続く平成仮面ライダーらしさを作り上げた作品であることは、多くの仮面ライダーファンが抱いている印象に違いない。

『PROJECT G4』は、今見ても、TV本編と同じ3視点から織り成す群像劇という体を踏まえ且つ、G4サイドと超能力孤児の話も含めながらも、劇場版の尺に過不足ないシンプルな作りであること。そして、仮面ライダーの活躍もそれぞれに見どころがあること。超能力とG4を見せ、人智を超えた力を用いることその使い方の善と悪という、ストレートなテーマ性も仮面ライダーという作品群に相応わしいもので、本作が「仮面ライダー生誕30周年」の帯があったのもうなづけるものだった。

だからこそ、『PROJECT G4』を作ったプロデューサー、スタッフ、キャスト陣がほぼそのまま参加した『超能力戦争』には期待するものがあった。『超能力戦争』における、情緖不安定のPDCAサイクルを回し続けた1番の理由がおそらくこれです。

期待②『アギト』だから新しく立ち上がったレーベルだったから

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そうして考え抜いた末に導き出したのが、「THE KAMENRIDER CHRONICLE」という新レーベルだった。 「『アギト』をきっかけとして、ここから東映が仮面ライダーに対して新しい展開を推し進めていく。そう思えるようになったときに、翻って『アギトに対して本腰で立ち向かう』という覚悟がようやく固まった」と白倉プロデューサーは振り返る。

これは、期待するじゃないですか。

白倉さんがこのような発言をされ、新レーベルを立ち上げたのも、かつて成功を収めた『アギト』の周年新作映画であるからこそだった。

初見雑記noteにも書きましたが、東映特撮における周年映画や続編Vシネマの大半が「蛇足」という印象がある。加えて、俳優主導でやる以上、内輪ノリ感が否めない。

しかし、今回は俳優主導とはいえ上記のような背景があったこと、これまでとは異なる規模感やPRが目に見えたことで、「今回は蛇足ではない『アギト』の新しい物語が見られるかもしれない」という一縷の望みがありました。

次にこれらの期待に対する嘆きです。

嘆き①『PROJECT G4』のような映画作品は、もう作ることが出来ないのか

白倉プロデューサー、井上さん、田﨑監督この布陣による、『PROJECT G4』『EPISODE FINAL』『パラダイス・ロスト』の映画の質感が好きでした。

そう、質感です。

例えば、『PROJECT G4』では水城が回転のぞき絵を見つめる場面が合間に挟まる中、G4の中で水城が絶命する時は、回転のぞき絵に映る姿として演出される。こういう質感。あるいは静けさ。この演出が、人智を超えた力を使うことによる悲劇の物語の最後の演出として、この上なく上手かった。

『超能力戦争』は、脚本にしたっても、あっちこっちにとっ散らかっていて、何の話をしたいのかが見えてこない。だからこそ、演出も何を見せたいのかが伝わってこない。『PROJECT G4』が出来ていた基本的な部分すら不足し、映画を印象付ける質感やドラマティックな場面もない。とにかく派手なバトルシーンがあればいいのか?その派手なバトルシーンも過剰すぎてわかり辛くなっていないか?……同じ布陣なのにこうも違うのかと嘆いた部分でした。

因みに、私個人としては同布陣の『ドンブラザーズ』や『パラダイス・リゲインド』ではここまでお気持ち感想文を出すほどでは無かったので、今回は前提が違うのだろうなと思いました。

嘆き② 結局「同窓会映画」じゃないか

新レーベルってこれ、Vシネクストと何が違うんだ。

映像作品そのものは、それまでのVシネクストと印象は大して変わりませんでした。お金がかけられ、尺もあり、宣伝規模の違うVシネクストでした。そして、同窓会映画でした。

巷では、上記白倉プロデューサーのインタビューもあってか、一般映画向けに出されたと言われているようですが、その意図は無いんじゃないかと思います。いつも通りの特撮映画として、新しいレーベルを作ったそれだけな気がします。一般映画向け云々について、ソースがあれば教えて下さい。

オリジナルキャラクターの本編の小ネタの踏襲いる?

ややメタ臭い「25年前」という単語を連呼させる必要ある?

キャラクター映画でしかない自覚ある?

この辺りの疑問が、私的には同窓会映画と思わせるポイントでした。メタやキャラクター性押し出しに頼らない、作品の世界観から新たな問題提起とその答えを打ち出して行く映画作品に出来なかったのだろうかと思いました。

新レーベルに対する新たな可能性は無いなというのが、残念ながら今回に印象です。

 

『超能力戦争』の感想

ようやく映画本編の感想となります。はじめに書いておきますが、巷では、木野薫の扱いについて1番の物議が醸されているようですが、木野薫については私よりも他の人の方が熱心に語ってくれそうなので私からはありません。私は木野薫を出そうとした魂胆そのものが理解に苦しむので、言葉がありません。

① 小沢澄子にそんなことを言わせるな

正直、木野の扱いよりよっぽどこっちに怒っている。

年齢いじり、普通に面白く無いんですよ。しかもよりによって小沢澄子で。

私は2001年時点で、小沢さんのようなキャラクターをメインキャラとして置いた東映特撮は素晴らしいと思っていた。加えて、『PROJECT G4』の影の主人公は小沢さんに他ならないし、深海理沙という女と対立させ、才覚と信念のある女同士の睨み合いを描いたことが好きです。

『超能力戦争』も小沢さん視点で動き始めた物語だったのは、感心した。小沢さんも歳を重ね、歳の離れた部下を持ってか多少の丸くなりつつも、変わらない態度のデカさと言葉の切れ味の良さも良かった。ここはオリジナル脚本家の妙だとも思った。しかし、年齢いじりは普通に面白くない。あの小沢澄子がそんなことにこだわるか?という疑問もある。しかも、1回目も2回目もちょっとした小ネタみたいなテンションで、“ふてほど”じゃないですよ〜みたいな見せ方をしているのが余計に腹立たしい。まったく面白くないので、金輪際この手の場面は一切やめて欲しい。むしろ、やめましょうと言える人がいなかったものなのか?

あと真魚ちゃんの「結婚したけど別居中」もわざわざそれいる?って感じのノイズで、スッキリしなかったですね。年齢然り、ライフステージの変化然り、それをちゃんとした理由付けもなく茶化したり、本気でリアリティだと思ってるなら感覚がズレすぎていることを自覚してもらいたいですね。

② そもそも氷川誠にこだわる理由がわからない

映画そのものを否定するようで申し訳ないのだが、結局ここがわからないし、見えて来ませんでした。

TV本編と『PROJECT G4』では、氷川は「ただの人間」で特別では無かったこそ、体当たりで未知なるものに対抗する様が良かった。そこには、アギトの力に覚醒し次第にその力を確かなものに出来た、翔一や葦原がいたからこそ異なるコントラストがあったこと。そして翔一と葦原にも、アギトの力への翻弄で異なる物語があったこと。『アギト』という三つ巴の群像劇が前提で、見どころだった作品に、主役ひとりだけを持ち上げる物語になったことによるコレジャナイ感。作品の世界規模の縮小を感じざるを得ない。

また、若手Gユニットと氷川誠の立ち位置が不明瞭であるから、小沢さんがそこまでは氷川にこだわる理由もわからない。確かに、本編の小沢さんも氷川がG3やG3-Xの装着員であることを譲らなかったが、そこには(やや強引なこともあったが)いつも理路整然とした理由をつけていた。それが今回は感情論以外に理由が見えない。尾室との会話で「Gユニットでのあなたとの時間を信用する」といった言葉もあったので、これが理由かとも思うが、であればなおのこと、若手Gユニットとの違いを明確にしてもらいたい。

G7が氷川誠でなければならなかった理由、これがあればまだ納得出来る部分が多かったのかもしれない。

あと、最後にこれ見よがしの氷川誠の小さな進化で「豆腐を箸で掴めるようになる」ことを見せていますけど、最後に持ってるの木綿豆腐ですよね?

翔一「甘いな〜氷川さんは元々木綿豆腐は掴めてたんですよ〜! 氷川さんが掴めなかったのは絹ごしです。もしかして、木綿からスローステップでやり直そうと……? それはダサくないですか?」

私の中の翔一くんはこのように言っています。

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③ 露悪趣味な殺人描写でしかなく、命が軽い

一般市民が無差別に理不尽な暴力の目に遭い命を落とす、これは特撮ヒーローものの導入としては良いと思うんですよ。だからこそ、警察機関の正義のヒーローは、例え人間の形をしても断罪しなければならない使命を背負えるので。

でもそも殺人描写がずっっっとセンスがない。ダサい。まだ木に人体埋めてた25年前のがちゃんと怖かった。下手な露悪止まりのグロなら逆にやるなというレベルでした。

そして、「目の前に死体があるにも関わらず緊張感のない行動をする」とか「超能力による覚醒とはいえ、分身した人間を残機のように描写する」とかはいかなものかと。この辺り、平成後期〜令和ライダーで個人的に相入れない「人の命の軽さ」そのものだったので、『アギト』でもやってくれるなと思いました。

ガードレールに巻かれる北條さんを写真に撮る小沢さんも、場面があそこじゃなければ最高だったんですけどね。とはいえ、通称北條巻きはわざわざ再現しなくても良かったんですが。

④ 葵るり子という勿体無さ

最初にキャスティングを見た時は不安だったが、見終わって感じたことは、葵るり子の良かったところは、ずっとゆうちゃみさんのポテンシャルの部分だった。あの傍若無人なキャラクター性は好きだ。いまいち令和ギャルを掴めてなさそうな井上さんが出す「成敗する」「山籠り」あたりとの化学反応で最高に面白いキャラになっているのは間違いない。初っ端から「死刑だ!死刑!」と出てきた時の謎の感動は、名護啓介を初めて見た時に近い。

ただ、作品での立ち位置は終始残念だった。

結局当て馬にしかなっていない、そこを当て馬と言わせて当て馬にさせないのが、鉄則じゃないのか。

というのも、何かしらの悪い力が働いたとしか思えない、るり子のトリニティ・ギル・アギトへの覚醒が余計に意味不明だった。彼女が進化するのであれば、氷川の言葉通り「誰かによって成されるものではない。何度も困難を乗り越え、自分を乗り越え達成されるもの」ではないのか。つまり、G6・葵るり子のままで変わるべきだった。『アギト』の世界を継承する「君のままで変わればいい」のネクストジェネレーションとしての、超能力に覚醒した自分を受け入れ変わっていく黒谷、ただの人間のままで目の敵の氷川にこだわることなく変わっていくるり子、これではダメだったのか?

何個か同じ感想を見かけたが、あの場面でトリニティ・ギル・アギトの変わるならよっぽど黒谷のが理解出来た。アギト→黒谷、G3-X→るり子、ギルス→大山のような力や意志の継承は、もしかしたら当初のバランス感としてあったのでしょうか?

⑤ それでもオリジナルキャストの芝居力は凄かった

賛否の否ばかりなので賛のほうをと思ったのだが、自然とこうなる。「キャストは良かったよ〜」のやつである。

25年経ってまったく同じ役をやる。ただ当時の再現ではなく、25年経って自然に歳を重ねた姿として見せる。これがオリジナルキャスト全員本当に違和感が無かったのは凄かった。正直に言うと、『パラダイス・リゲインド』にはここに思うところがあって没入出来なかったので…

特に『アギト』は氷川演じる要潤さんのデビュー間もない拙さが語り草ではありますが、序盤は要さんに限らず全体的に拙さが目立つ作品であったということもあり、25年の経年が確かな実力持って表現される『超能力戦争』のオリジナルキャスト陣の芝居力は素晴らしかったです。

 

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(このMV、ロケ地がOPと同じなのはイイネと思ったけど、ノスタルジー全開な内容と終わり方が大人の悪い方向の現実逃避に見えてしまって……)

『超能力戦争』は私にとって賛否の否側に偏った映画でありました。それは内容そのものも然り、企画経緯やこれまでの作品を踏まえても然りです。それと同時に、「変な映画」の部分に笑った私がいるのもまた事実でした。2回見ても唐突のアヴェ・マリアは、最高にトチ狂ってて常人じゃ思いつかないギャグセンで好きです。『PROJECT G4』で真魚ちゃんが弾いてた曲がアヴェ・マリアだったこととの因果関係は無いですよね?

 

でも、東映特撮がかつての冬映画春映画夏映画のスパンで進行していた映画制作と、中身の質は大して変わらず、過去ライダーを使った作品の新作をこれからも作って行こうという魂胆であれば、せめて過去作品と同等の良作にならない限りは「世も末」ですね。

 

 

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